2017年11月13日
筒井康隆さんの5冊に加えてケン・リュウさんの「紙の動物園」「母の記憶に」のSF三昧の読書会のはずですけれど、持ちより料理昼食会が付いているから盛り上がるんだよね。
見よこのご馳走を!打ち合わせ無しで被らずバランスのとれた組み合わせの妙。
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2017年10月01日
筒井康隆「旅のラゴス」が好き
と言う投稿を読んで、懐かしい筒井康隆SFを読んだら、
異次元に浸る読後快感が蘇って、
次に、ケン・リュウ「紙の動物園」を広げたから、もう止められない。
上橋菜穂子やトールキンのファンタジーを知る前の20代までは、
SF小説ばかり読んでたんだっけ。

SFとファンタジーの線引きは、wikipedia解説のこの部分がシックリくる。
SFは世界設定や物語の展開において自然科学の法則が重要な役割を果たすのに対し、ファンタジーは空想や象徴、魔法が重要な役割を果たす。ただし、SF作品においても、空想科学というだけあって現実世界には存在しない科学法則を仮定し、それに基づいた世界や社会を描く試みがその歴史の初期から存在すること、逆にファンタジー作品においても錬金術や魔法などに、体系的であることを期待させる説明が用意されている場合があることなど、両者の線引きを困難にするようなケースがある。
で、どちらの分野もクラクラする魅力を感じるのだが、
SFは、物語世界と割り切れない緊迫感を持って押し寄せてくる魅力を感じる。
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2017年04月30日
「書斎りーぶる」が閉店しました。
福岡天神から書店が一店消えました。
2012年後半からほぼ一年「九州オンナの書斎」サポーターとして関わって、
今は一ファンとして、喪失感がある。
思い返せば、あの情熱的一年は何処から生まれたのか?
赤字を出しながら六年近く書店維持した原動力はなにか?
スタッフを交えた交流会で訊いてみようっと。
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2017年01月29日
昔ばなし大学再話研究会班勉強会で、聞き慣れない言葉をどうするかとの話が出た時、
聴いてわからない言い回しでも、必要な時があるとの話になって、
思い出したのが、サトクリフ著作の猪熊葉子氏の堅い翻訳と山本史郎氏の柔らかい翻訳。
柔らかい訳の方が読みやすくはあるけれど、
サトクリフの骨太作品は、猪熊葉子訳でないと雰囲気が伝わってこない。
その背景を捕える的確な表現を使わなくてはいけないってこと。
で、
14年前の労作を思い出し、ハードデスク内を漁った。
ローズマリー・サトクリフ全作品リスト。
UKサイト検索と、邦訳本で確認し、つくりました。
(今ならもっと楽に短時間でつくれるだろうけれど)。
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サトクリフ作品では、個人を超えた時代の理不尽さを突き付けられ、生きる意味を考えさせられます。
その重厚さが好みでしたが、今はhappyな物じゃないと疲れてしまう。
齢を取ったわ。
2016年12月30日
東田 直樹:著『 自閉症の僕が跳びはねる理由 』で、
合点がいった言葉。
自分の気持ちを相手に伝えられるということは、自分が人としてこの世界に存在していると自覚できることなのです。
そんな感覚なんだと教えられた所。
どうして言われてもすぐにやらないのですか?
したいことも、しなければならないことも、すぐに行動できないことがあります。やりたくない訳ではないのです。気持ちの折り合いがつかないのです。
何かひとつのことをやるにしても、僕は、みんなのようにスムーズに物事に取り掛かることができません。・・・自分がやりたくても、やれない時もあります。体がいうことをきいてくれない時です。体がどこか悪いのではありません。なのに、まるで魂以外は別の人間の体のように、自分の思い通りにならないのです。それは、みんなには想像できないほどの苦しみです。
僕たちは、見かけではわからないかも知れませんが、自分の体を自分のものだと自覚したことがありません。
いつもこの体を持て余まし、気持ちの折り合いの中でもがき苦しんでいるのです。